熊猫さくらはセキュリティとコンプライアンスに潰されました。
世の中の流れとして、クレームや訴訟が発生しないように振る舞うこと(契約内容に定められていることだけを実施すること)が重視されるようになり、(熊猫の得意分野である)セーフコーディングスキルや見逃されている問題点を解決するための能力(契約内容として定めることができない内容)は価値として認識されなくなったようです。
誰もが何かの専門家になることを要求され、担当外のことに対して意見を出すことが不可能になり、「取りこぼし」に起因したシステム障害や問題を解決することができなくなりました。(世の中がAPI化されてしまい、APIで対応できないことは諦めろと言われているような感じです。)熊猫が扱うのはサポート窓口では対応してくれない(ので、問い合わせを行う側がスキルを持っていないと先へ進めない)「取りこぼし」の領域であるため、特定の製品名を使って認知してもらうこともできません。
専門性を追求しておきながら属人性の排除も追及しているようで、チームメンバーの自己紹介もありません。契約が締結されて契約期間が開始されるまで詳細な内容が共有されないため、熊猫に向いている内容かどうかも判断できません。誰がどんなスキルを持っているのかさえ知らないまま、何をしたいプロジェクトなのかを知ることもできないまま、契約でガチガチに縛られたプロジェクトが進んでいきます。当然、相手の経歴や技術レベルも知りようがないので、話が通じないことが増えました。「ガチャ」化が進んでいます。
20年かけて、ようやく Fedora でも TOMOYO Linux が使えるようになりました。しかし、 RHEL ではまだ使えません。 RHEL で使えるようにするには、 RHEL のサブスクリプションを持っているプロジェクト側から要望を出してもらうことが必要なのですが、とあるプロジェクトに熊猫が参画してみたところ、強制アクセス制御の導入を検討するどころか、任意アクセス制御さえもまともに使えないというのが現実でした。マニュアルに沿って対応するオペレータしかおらず、内容を正確に表現するスキルがないことで、マニュアルでは対応できない想定外の事象が発生した際に、専門家による支援を有効活用できていないことが判りました。
現在でも熊猫は、ブラックボックス化した RHEL システムの解析のために TOMOYO Linux を使っていますが、熊猫が TOMOYO Linux カーネルをインストールして解析を行ったプロジェクトの関係者からは TOMOYO Linux は異物扱いされており、環境差分によるトラブル予防という理由でアンインストールされてしまう対象のままです。異物扱いされないようにするために関係者と話をする手段も存在しないため、先へ進むことができません。( TOMOYO Linux カーネルをアンインストールせずに RHEL カーネルで運用することは、設定ファイルのバックアップを名前を変えてサーバ内に残しておくことと大差ないのですが、分業化が進んでしまってOSレベルの知識を共有することができなくなった現在では、それを伝えることができないのです。)
OSS開発の世界では、誰でも意見を出すことができます。しかし、そういう経験をしたことがない人たちは、専門化/分業化が進みすぎて、数分以内の説明で理解できるような単純な内容しか扱えないようになり、落とし穴に対応することができる能力がどんどん失われているのが気がかりです。基本情報技術者やベンダ認定資格とは違う、認識する力/考える力/工夫する力の訓練をする(新入社員向けではない)研修や資格って無いものでしょうかねぇ?